Indigo  ― 藍 ―

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 照明の無い薄暗い暗闇の屋上を、月明かりだけがほのかに足元を照らしだす。 地上とは異なり、時折吹く風が肌寒さを感じさせる。 屋上の手すりに手をかけ、真っすぐに前を向く制服を着た少女が一人 涙をこぼしながら佇んでいた。 靴が綺麗に揃えられ、小さなクマのストラップをぶら下げたカバンが傍に置かれている。  人が歩く気配を感じたのか、死を決意した少女は振り返り震えた声で叫ぶ。 「来ないでっ!」  月明かりが、照らしだす制服と帽子のシルエットで、 少女は警官だとすぐに気が付いた様子だった。 「はいはい。参ったな」 「あっち、行ってよ!」 興奮気味な少女は、詰め寄る遼を威嚇する。 「はぁ。あのさぁ、悪いんだけどさぁ。 出来れば、そこから見える大通りの向こうのビルでやってくれないかなぁ」 「えっ……」 「いや、いやね。 ごめんね。その、大人の事情なんだけど、 ここから落ちると、おじさんさぁ。 帰れないんだよ。 でね。 大通りの向こうになると、管轄が違うからさぁ。 おじさん、もう帰れるの」 「なっ、何言ってるんですか! 止めに来たんじゃないの!」 「えっ。なになに、逆切れ? ええっ。止めて欲しいの?」 「わぁぁぁあああん。 なんで私が場所変えなきゃいけないのよ」 少女は大声で泣きだした。 「ああっ、わかった。 もう、分かったって、 それじゃあさぁ。向こうのビルまでパトカーで送るからさぁ」 この世の全てに嫌気をさして、死を決意した少女の純粋な気持ちを 社会を守る正義のはずの警察官に軽くあしらわれたことに対し、 心が折れた少女は、その場にしゃがみ込み再び泣き崩れた。 「ガチャッ」 「えっ?」 柵の反対側に泣き崩れる少女の片手に遼は手錠をかけ、 すぐさま自らの手にも手錠をかけた。 「あのさぁ。いくら俺でも、君が落ちたら引きずられるよ。 まぁ。それは、それでいいかもね。 良かったら、付き合うよ」 「……」 少女にとって、これほどまでに真剣に向き合ってくれた大人はいなかったのだろう。 「ごめんなさい。ごめんなさい」 肩を小刻みに震わせながら、少女は遼の胸元で泣き崩れていた。
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