Indigo  ― 藍 ―

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「うん」 「ハッ、ハハハハッハ」 美樹は突然何かを思い出した様に笑い始めた。 「あのさぁ。そう言えばそんなガキみたいな奴、一人いた」 「遼だよ。遼。あのヘッポコ警官」 「そうなんですか」 「あいつ、酔っぱらうといつも同じ話するんだけど、 ガキの頃さぁ、クラスの女の子の上履きに画用紙丸めて何度もメモ入れたらしくて、 何て書いてたかわかる?」 「えっ、スキとかですか?」 「違うのちがうの。それがさぁ、 ブスって書いてたらしいんだよ。 でも、初恋だったらしくてさぁ。 ホントは好きで好きでたまらない筈なのに、 気が付くと、ブスって書いて気を引くので精一杯だったらしくて」  その後、遼の初恋の相手は本心の気持ちを伝える事が出来ないまま 親の仕事の都合で転校したらしく二度と会う事はなかった。 「本気で泣くんだよ。小学校の四年生の話して馬鹿だよ。 だから、そんなメモ位で相手にしちゃだめ。 朱里は、じゅりが思う以上に素敵だから――」 そう伝える美樹がブローを終え大きな鏡の前に朱里を立たせた。 数時間前まで自殺を考える程に悩みの原因となっていたクセ毛で 手の付けようがなかった髪の毛が、 まるで別人の様に綺麗なストレートへと―― 自らのその姿を目にした朱里の頬には、 大粒の涙がゆっくりと零れ落ちていた。 「縮毛矯正したけど、本質は痛まない様に弱めにかけといたから、 後は少しずつケアしていこう」 魔法使いだった……。 あの警察官が言った通り、 きっと朱里はそんな思いを表現するかの様に、 鏡の前で最高の微笑みを取り戻していた。 「はぁ、疲れた」 美樹は冷蔵庫の中から、 遼が持参したケーキの箱を嬉しそうに開けた。 「もぉ! 遼の馬鹿っ! 何で二人しかいないのにホールケーキ買うんだよっ」 美樹は、やられたとばかりホールケーキを取り出すと 中央にローソクを1本立てて火をつけた。 「朱里。消しなよっ」 キョトンとした表情の朱里がケーキに近づくと、 中央に置かれたチョコレートのネームプレートに気が付いた。 「お嬢様の、新しい旅立ちに」 プレートにはそう書かれ、 朱里は震えた声で泣きながら、 何度も何度も1本のローソクに灯る明かりを消そうと努力し、 6回目でようやく消すことが出来た。
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