Indigo  ― 藍 ―

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「皆さん。今日はお疲れ様。 遅くまで残業させて悪かったわね。 差し入れ頂いたから良かったらどうぞ」  友愛病院の事務室と書かれたプレート横の受付台へ 院長夫人が、頂き物のエクレアを置き奥の院長室へと消えた。  季節の変わり目で、風邪気味の患者が増えている事もあるが、 週末に控えた内部監査の対応にも、医療事務の職員は追われていた。 「わぁ。美味しそう」  細かな集計やパソコン業務で疲労が溜まり甘いものを欲するのか、 一瞬にして差し入れは空の箱だけになった。 最後の一つに手を掛けた中年の女性職員が困った表情で、 他の職員に訴える。 「あら、やだっ。一つ足らないじゃない?」  その言葉を耳にしながらも、他の職員は慌てて口の中に詰め込む。 「あっ、あの、私、甘いの苦手ですから気になさらないでください」  一人、事務室内の空気を察してか他の職員がエクレアを食べながら帰り支度をする中 室内にあるゴミ箱のごみを集める女性職員が声をかけた。 「あっ、そうなの。 酒井さん。甘いの苦手なんだ。じゃ、遠慮なく!」  初めから譲る気など一切なかったであろうと、 エクレアを頬張る女の指先はクリームまみれになるほど、 押しつぶしていた。  ゴミ袋を収集場へ置き、照明が落とされた廊下を進むと 事務所の声が響いていた。 「いいねカラオケ! 一杯飲んでパーッとしますか」 「そうそう、あの子どうする?」 「別に誘わなくてもいいんじゃない。 暗いし、どうせ、 私、お酒飲めませんから…… ハッ、ハッ、お腹痛い! 似すぎだよ、最高――」  ゴミ捨てから戻らない彼女をネタに、 事務所内は盛り上がっていた。  次の角を曲がれば、明かりの灯る事務所なのだが、 彼女は壁にもたれ軽く目を閉じ、 時の流れるのを待っていた。  
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