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誰一人、彼女の事を気にかけることなく。
騒がしい声は、次第に遠くへとかき消されていった。
「さて、帰りますか」
自らを奮い立たせるように彼女は小さく呟いた。
ロッカールームを出て、事務所の照明を消そうとした時、
それは彼女の目に留まった。
「あっ、空き箱……」
手に取ったのは、彼女が口にすることが無かった差し入れのエクレアが入っていた
洋菓子店のロゴが印刷された白い空き箱だった。
「みんな、大切な事……見失ってるね――」
空き箱に何かを訴えるように、彼女は小さくたたんだ箱を
ゴミ箱へとそっと入れた。
「ごちそうさまでした」
事務室の照明を消し、夜間通用口に向かう姿を
二つの影が静かに見送っていた。
通用口を抜けた頃、彼女の携帯が鳴りだす。
これまで、俯きがちだった彼女は着信画面の名を見た途端、
まるで別人の様に微笑んでいた。
「わぁっ、のあ!
久しぶり! 会いたいよっ。
うん。行く行く、お腹ペコペコなんだぁ」
電話の相手は、桜井のあだった。
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