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 広いフロアの一番奥に幾つものブースで仕切られた商談室がある。 そのワンブースがIOT担当ルームとして桜井のあと山崎茜に与えられた。 二人が向かった時には、松坂楓は既にプロジェクターのセッティングを終え待機していた。 「おはようございます」 「あっ、おはようございます」  まだ、硬い表情のまま挨拶を交わし、のあが席についた時、 やーやんが沈黙をやぶった。 「あっ! いけなぁーい。忘れてた。 松坂さんすみません。今朝社内メールで急ぎの書類作成依頼が入ってしまって、 三十分程で戻りますので、先に初めて頂けますか」 「えっ……やーやん」 「あっ。はい、分かりました」 スライド扉を閉めるやーやんの姿を、のあは不安げに見つめていた。 扉が閉まる瞬間、ちょうど楓の視界から消えた時、 笑顔でピースサインをするやーやんの姿が見えた。 「ああっ――。完全にやられたっ」 「えっ? 何かいいました?」 「あっ、いやっ、ごめんなさい。 何でもありません。 あ、あっ、いや、そうじゃなくて、 何でも無いわけはなくって……」 のあは、二日酔いのせいなのか、緊張のあまりなのか、 手にしたお詫びのクリーニング代を入れた封筒を手渡すタイミングを掴めなかった。 そして、追い打ちをかける様に―― 「桜井さんは、面白い方ですね」 楓も決して、彼女の目を見ることは無かったが、 なんとか言葉を選びながら、コミュニケーションを図ろうとしていた。 「体の具合、大丈夫ですか? 疲れたら言ってくださいね。 休憩挟みますから」 「えっ?」 「嘘っ……」  のあが魔法をかける前に、楓は既に事務所に訪れており、 のあのグダグダの姿を完全に目撃されていたのだった。 失態続きで、恥ずかしさのあまり肩を落としたのあは、 隠れる穴を見つけられないまま、 着席するしかなかった。  そんな姿を気にした素振りを一切見せず楓は、ビジネスを始めるべく スクリーンにパワーポイントの資料を映し出した。  素直にあの夜の事を謝れずにいる、不器用な自分も悪いけど、 気が付いているのに話を聞こうとしない楓の対応に、 男性の優しさを一欠けらも感じさせない事を怒ってか、 のあはテーブルの下でクリーニング代を握りしめながら少し不貞腐れていた。
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