green  ― 緑 ―

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green  ― 緑 ―

 三連休の初日、楓はソファーにもたれながら何かを考え込んでいる様子だった。 左の手のひらを眺めながら時間だけが流れてゆく。  昨夜のあをかばった時に偶然掴んだ、 彼女の腕の感覚がまだ残っているかのように、 妄想にふけっている。 テーブルの上の携帯の呼び出し音が鳴り、 楓は慌てて起き上がる。  昨夜のお礼のメールを見たのか、 画面には遼の名前が書かれていた。 「おはよう。遼、昨夜は助けてくれてありがとう」 「どうだった!」 楓のお礼など一切聞いていない遼は、 何かの答えを欲しがる様に、 楓を追い込んでくる。 「でっ、でっ、あの後どうなった? 終電間に合わなかったんだろ! 彼女の部屋行ったのか? そうか、そうか、ホテルなのかっ? まっ、 まさか、お前の部屋! 今、そこにまだ、 い、いっ、いるのか?」  機関銃の様に止めどなく攻撃してくる遼の言葉を 遮る事が出来なかった。 ただ、楓以上に、 遼の妄想の膨らむ範囲は壮大な事だけは理解することが出来た。 「何言ってるんだよ。 あの後、ちゃんと駅のホームで別れたよ」 「えっ、お前それだけ?」 「なんで、遼はすぐそんな事ばっか」  呆れた様子の楓は、気持ちを落ち着かせるため テーブルのコーヒーを口に含んだ。 「そうか、キスだけか――」 「ブフーッ!」 テーブルの上には吹き出したコーヒーが散らばった。 「もういい。俺切るから」 「楓、冗談、じょうだんだよ。 あのさぁ。あの時、結構ヤバかったじゃん。 だから、あの流れだと少しは気持ちが接近するかなって――」 「……」 『もしかしたら…… 俺が普通じゃないのか?』  女の子の腕を偶然にも握った事で浮かれている自分が小さく見えた。  思春期の中学生じゃあるまいし、 もう三十歳を過ぎた男が、いい歳をして―― そんな思いを感じていたのか、楓は少し真剣な眼差しになっていた。 「あっ、そんな事より、昨夜遅かったんだろう? 関西の機動隊の人達との二次会」 「うん。今帰った」 「えっ」 「今って、もう朝の10時だぞ」 「わぁっ。ホントだっ!」 「どれだけタフなんだよ。まったく」  遼の身体をいたわり、楓は長話を切り上げ睡眠を取る様に促した。 ここ数日の胸の奥に抱えていた思いが遼のお陰で、 楽になったことに対し、楓は感謝をしていた。
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