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磨理はゆっくりと元の場所に戻った。状況と言うか、彼女の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。腰をその場に落とし彼女を見つめる。
小鍋に入っていた鶏肉を口に入れると、次々に華やかな料理を食べている、言葉は無い、静まり返った部屋、鉛のように空気が重く感じた。
「食べないの?」
無表情で発せられた言葉に返す事が出来なかった、意味がわからなかったからだ。その意味のわからない行動にふつふつと怒りの感情が湧いて出る。
「うん......ごめん」
感情はあまり出さないように。出していい表情は喜怒哀楽の喜のみ。それは上司との会話のやり取りでの、家庭を蔓延にする為の、全てにおいての基本だった。何年もそれを続けるうちに、自分で見出した俺なりの答えだった。
向かい合わせに座り、目前の豪華に飾られた料理に箸を付ける。成功率の高いこの作戦だが、時には失敗する事もある。
「何が楽しくて笑ってるの?」
「いや......ごめん」
楽しくて笑っているのでは無い、その場を切り抜ける為の仮面みたいなものだ。そして作戦は失敗に終わる。
「いつも癖みたいに謝るよね。毎日仕事で疲れてると思って、旅行計画したのに、楽しくないんだね」
「いや......ごめん」
湧き出る怒りは押さえ込まれた。言いたい事をズバッと言える、磨理にしろ、永本にしろ、柳本に至ってもそうだ......俺はそんな人間が羨ましかった、そんな人間になりたかった。いつも人に流されて流されて、最終地点は、その人に合わせた動きや言動になる自分が嫌だった。
「付き合ってた頃は、もっと楽しそうだったのにね」
悲しいのか、怒っているのか、どちらともとれるような顔で箸を進める磨理。
そんな事は言われなくても分かっている。分かっていても昔の自分が出せない、というか、昔の自分とはどんなだった? その時は本当に楽しかったのか? 五年の間、思っているよりも遥かに多くの仕事や家庭の障害を乗り越えたのだろう、今となっては感情の一つも思い出せない。
食事を済ませると、嫌な予感は当たった――――
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