本日、夜遅くなる方は傘をお持ちください

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「すいません、グラスビール2つとチーズの盛り合わせ下さい」 私の両手を握ったまま、顔だけをバーテンに向けオーダーを済ませた沢田課長。それから、ゆっくり私に真っ直ぐ顔を向け 「サーモンのマリネもあれば注文する?」 と聞いてきた。 急いで私は首を横に振った。 あの夜のこと、沢田課長は良く記憶しているみたいだ。あんな一度きりの夜の話なのに。 私がサーモンを好きだと話したことまで、一年もたった今でも覚えているなんて、かなり驚きだ。 「あの夜のこと、俺は忘れてないから」 「それってどういう意味です?」 緊張していた。 あの夜の男に一年後に出会い、手首を掴まれたり、見つめられていることが信じられない気分だった。 ぐっと顔を近づけ、沢田課長は私の左右の目をじっくり見ている。目を離さずに沢田課長は口を開いた。 「一年前から今日まで俺は、あんたを忘れたことなんか一度もなかったよ」 真剣な表情、ブラウンの瞳が私を捉えていた。 「あんたが初めての女だから俺は忘れられなかった」 初めて? 「まさかっ」 驚いていた。口をぱくつかせながら、頭を必死に働かせていた。 待って。 私が初めての女? それってつまり、私より恐らく年上でイケメン塩顔男の沢田課長が、私と同じで一年前のあの夜がまさか沢田課長の初めてだと、そういうこと?
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