キレイな妖怪

2/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
……都を騒がす醜怪な(あやかし)。それが私の聞いていた噂だったのに、実際にはどうだろう。醜怪などとはまるで正反対の立ち姿に、私は暫く呆けてしまった。…… 「……何コレ」 ひらり、と振られたハードカバーの本を見て、「ああ、泉先生の作品ですよ。うちで連載していたんですけど、単行本になったんです」と私は返した。私こと遠野チヒロは、オウマチに有る小さな出版社の平社員。先に挙げられた作家、泉ケンヤ先生の担当編集者だったので、一冊譲り受ける事が出来たのだ。タイトルは「私の愛した妖怪」。その名の通り、一人(一匹?)の美しい妖怪に惹かれる男のストーリーだ。本になっただけ有って、それなりに人気を呼んでいる。彼女、ミヤビさんはお気に召さなかったようだけど。 「この作者、妖怪を美化し過ぎなんじゃないの」 ぶつくさと言って本のページをパラパラと捲るミヤビさん。どうやら真面目に読んだのは最初の二、三ページのみのようで、私は苦笑するしかない。 「泉先生は一貫してそのスタイルなんですよ。書くのは決まって人外もの。彼らの詳細な描写が売りです」 先生の書く妖怪はどれも詳細だ。本当に見てきたのではないかと思わせる程に細かなビジュアル、言葉付き、妖術の類。妖怪に使うのはおかしいかもしれないけれど、妙にリアル。そして、その中には決まって一人(人と数える事にする。彼の書く妖怪は人格を持っている)えもいわれぬ美しい妖怪が登場する。ミヤビさんが「美化し過ぎ」と言っているのはこの妖怪の事だ。作者本人に「こいつを書く為に小説を書いているんだよ」とわ言せる程に思い入れの有るキャラクターだが、「モデルは誰ですか?」と言う質問には未だにはぐらかされ続けている。反応からして居るとは見ているのだけれど。いつか教えて欲しいものだ。 「まぁ、よく調べては有るけれど……」 パタン、と本が閉じられる。 「こんなにキレイなモノじゃないよ、私達は」 ふわんと、彼女の尻尾が揺れた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!