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君
「死にました」
そう言って持ち上げたバーベルを振り下ろすのを躊躇ったのは、私の中に迷いがあったからだった。
怒りのままに振り下ろすことができなかった。
写真の中のパパが、笑っていたから。
目の前の彼が、悪い人だと思えなかったから。
少しの間だったけど、本当に恋人になったような気分だった。
いろんな話を聞いた。
奨学金で大学に入ったこと。パパが奨学金のこと、授業料免除のことを教えてくれたこと。パパがどんな先生だったか。彼の母親がどんな人で、母親の彼氏がどんな人だったか。パパにどれだけ救われたか。
彼の言葉で、私の記憶の中のパパが色づいていく。
本当は気づいていた。
パパが死んだのは、彼のせいじゃない。
けれども、彼を見つけたときから、わからせないと気がすまなかった。
彼は忘れていたようだけれど、私は忘れなかった。パパのお葬式で、他の生徒が号泣する中、涙も流さずに不機嫌そうにしていた彼を。
私は彼が許せなかった。私からパパを奪って、涙も流さない彼が。
私がどれほど怒っているのか、思い知らせたかった。
パパのためじゃない。
ママに私が何をしたかを話すと、彼の住所を聞き出して家を飛び出した。
結論から言うと、彼は死んでいなかった。
それに、被害届も出さないって。
馬鹿な人。
騙して近づいた私のことを、本気で好きになるなんて。
裏切られたと知りながら、私を罰することもしないなんて。
馬鹿な人。
馬鹿な私。
涙を流す権利なんて私にはない。
はずなのに、涙が勝手に流れた。
もう、彼に会うこともできない。
「さよなら」
涙はとめどなく流れた。
もう、彼には会えない。
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