1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

「死にました」  そう言って持ち上げたバーベルを振り下ろすのを躊躇ったのは、私の中に迷いがあったからだった。  怒りのままに振り下ろすことができなかった。  写真の中のパパが、笑っていたから。  目の前の彼が、悪い人だと思えなかったから。  少しの間だったけど、本当に恋人になったような気分だった。  いろんな話を聞いた。  奨学金で大学に入ったこと。パパが奨学金のこと、授業料免除のことを教えてくれたこと。パパがどんな先生だったか。彼の母親がどんな人で、母親の彼氏がどんな人だったか。パパにどれだけ救われたか。    彼の言葉で、私の記憶の中のパパが色づいていく。  本当は気づいていた。  パパが死んだのは、彼のせいじゃない。  けれども、彼を見つけたときから、わからせないと気がすまなかった。  彼は忘れていたようだけれど、私は忘れなかった。パパのお葬式で、他の生徒が号泣する中、涙も流さずに不機嫌そうにしていた彼を。  私は彼が許せなかった。私からパパを奪って、涙も流さない彼が。  私がどれほど怒っているのか、思い知らせたかった。  パパのためじゃない。  ママに私が何をしたかを話すと、彼の住所を聞き出して家を飛び出した。  結論から言うと、彼は死んでいなかった。  それに、被害届も出さないって。  馬鹿な人。  騙して近づいた私のことを、本気で好きになるなんて。  裏切られたと知りながら、私を罰することもしないなんて。  馬鹿な人。  馬鹿な私。  涙を流す権利なんて私にはない。  はずなのに、涙が勝手に流れた。  もう、彼に会うこともできない。 「さよなら」  涙はとめどなく流れた。  もう、彼には会えない。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!