Prologue

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「……元気じゃねえよ。あの、旧態依然とした個人向け小口取引(リテール)の業務、なんとかできねえのかよ。無駄が多過ぎる。全国の支店がああだと思うと気が狂う」 苦虫を噛み潰したような顔で、黒い革張りのソファにどかっ、と腰を下ろした息子に、専務が苦笑する。二人にコーヒーを持ってきた専務秘書も思わず笑みを漏らす。 「『証券会社』じゃねえんだよ。あれじゃ、未だに『株屋』だ」 大地は吐き捨てるように言う。 「確かに本社・支社と、店舗のある支店とは落差があることはわかる。特におまえは本店に異動する前は、本社の大企業向け大口取引(ホールセール)部門のトレーディングルームで『売った!買った!』と大金を動かしていたからな。そりゃ、もの足りんだろう」 そう言って、専務はブラックのコーヒーを一口飲んだ。 「とはいえ、支店は……特に『兜町』の本店は我があさひ証券の『原点』だ」 兜町にある東京証券取引所がコンピュータ化され、まるで市場の「()り」のように株価を取り引きしていた「場立ち」がなくなった。 同じくコンピュータ化された大阪証券取引所と経営統合され、システム化が進むにつれて、兜町の活気がどんどん薄れてきた。 昨今では、インターネットで手軽に取り引きされるようになり、証券会社の営業職(セールス)を通すことなく個人で思うままに売買できるようになった。 あさひ証券のような、歴史があっても新しい流れに及び腰の準大手や中堅が、今一番の岐路に立たされている。 ……何のために、入社後、アメリカのビジネススクールに留学して、死ぬほど勉強して経営学修士(M B A)取ったと思ってんだよ? 帰国後、仕事で多忙な中でも勉強して取った証券アナリストの資格だって泣いてるぜ。
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