デスティネーション

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 紙にきちっと折り目をつけてから裂くように、わたしと彼の関係を分けたのは、進路選択という、避けては通れないプロセスだ。わたしは地元の大学に通うが、彼は、わたしじゃどうひっくり返っても受かりそうもない、東京の有名私立大学に進学することになった。  合格したことを報告しながら、したい勉強がそこでしかできない…と話す彼は、受験勉強のプレッシャーから解放されたこともあってか、縁側で茶を啜るおじいちゃんみたいに、安らいだ表情をしていた。わたしはできるだけがんばって、そうですねえおじいさん、みたいに相槌を打つように努めていたつもりだけれど、いま考えてみたら、そこには目を細めて相槌を打つおばあさんではなくて、高校三年生のわたしが居やしなかっただろうか。なんでわたしを置いてけぼりにするのよ、と彼の胸倉を掴んでぶんぶん揺らしたい衝動を必死にこらえていたわたしが、そこに居たのではないだろうか。でも、いくら記憶を呼び戻そうとしても、やっぱり彼の、どこか甘い笑顔しか浮かんでこない。 その笑顔を見つめるわたしは、ちゃんと、笑えていたのだろうか。 そんなわたしの表情を見つめて、彼は、どんな気持ちで笑っていたのだろうか。  わたしも、彼も、全く友人がいないわけではなかったが、かと言って用もないのに群れて歩くのも好きではない性格だった。卒業式は、まあそれなりに感慨深いものもあったが、これで人生に店仕舞いをするわけでもない。どうせ高校生活までで出会った大半の人物とは、これっきりでおしまいの関係だということも、うすうす理解している。  にもかかわらず、周囲のクラスメイトは、身体中の水分が出ているんじゃないかと思うほどに、わんわんと泣き吠えていた。わたしみたいなひねくれ者でもせっかくそれなりに「やりとげた感」を味わっていたのに、その様子を見ているだけで、その気持ちが、潮が引くように醒めてゆくのを感じて、わたしは振り返りもせず、自分の教室を出た。
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