デスティネーション

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 彼は、わたしのことを好きだと言ってくれた。わたしからは、もはや言わずもがなだ。大学受験生という一番ナイーブな時期に、彼との成績の格差にひねくれたわたしの嫌味や愚痴も、彼はだまって受け止めてくれた。その後で、茹で過ぎたパスタみたいにやわらかく、ゆっくりと、いつまで経っても読み解けない英文とか、答えを導けない方程式とかを解説してくれたのだった。彼がわたしをどう思っていたかなんてわからないけど、わたしにとって、彼はかけがえのない恋人だった。  恋人らしいことも、何度かやった。唇を合わせるのはお互いに初めてだったので、逆に何の気兼ねもなかった。唇を離した後に「直前までガム食ってなかった?」と平気で言うようなところは直してほしかったが、他人の性格を変えることなど、できはしない。「ブルーベリーの味がしたでしょ」と言ってやると、自分が言い出したくせに彼が頬を赤らめているのを見て、わたしは声を上げて笑ったものだ。  そんな想い出も、これから地層とかミルクレープみたいに幾重にも季節を重ねれば、ああそんなこともあったなあ、なんて懐かしく思える日が来るのだろう。記憶は美化されていく。既に幼い頃の記憶が幸福度二割増くらいで加工されつつあることからも、それはわかった。 「あのさ」 まさに記憶のページを捲ろうとしていた矢先に、彼がふいに口を開いた。
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