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「なに?」
「楽しかった? 俺みたいなのと過ごして」
しみったれたのが嫌いだと言いながら、その方向に話題を持っていこうとしている。そのことがなんだか可笑しかったのは事実だが、それを茶化すのはきっと失礼なのだ。きっと、わたしが過去へ想いを馳せているのに気づいて、気を利かせようとしているのだ。彼にはそんなところがあるし、そんなところも、好きだ。今も。
「退屈しなかったよ」
ふふ、と口の端から声が漏れてしまったのは、御愛嬌だ。
「なんだよそれ」
「昭人くんと会ってなかったら、高校生活なんて、ただつまんないだけだった。でも、そうはならなかったからね」
「ふうん。とりあえず褒めてもらってるってことだけはわかった」
「よきよき」
自分でも、何を言っているのかよくわからない。最後くらい口に出して素直に言えばいいのだ。
楽しかったと。
一緒にいる時間が愛おしかったと。
だからこんなことで別れたくなんかないんだと。
わたしも会いに行くから、あなたも会いに来てよ…と。
たったそれだけが、どうしても言えなかった。
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