デスティネーション

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 彼は、二人だけでいる時は、下の名前で呼んでくれた。そのときの声色は、いつも春のうららかな陽気みたいに、あたたかかった。けれど、今日はそこに、冷たい空気が混ざっている。 「なに?」 「……サヨナラがスタート…って、本当にそう思うか」  さっきまで、話しながら空を眺めていた時とは、明らかに違っていた。いまの彼の声は、足元から滲み出してくるような、寂しさに濡れていた。 「え?」 「そんなのって、ひとつ何かが終わることの哀しみを、無理矢理抑えつけているだけのような気がしない?」  彼の言葉を聞きながら、思い出した。そういえば、男は別れた女のことをいつまでも覚えているけれど、女はきれいさっぱり忘れてしまうことがほとんどなのだということを。けれど、それは世間一般の男女の話であって、わたしも彼も、ちょっと普通とはズレたところに立っている。彼に訊いてはいないけど、きっと、同じことを思ってた、なんてはにかみながら言ってくれると思う。  だとすれば、付き合うとか付き合わないとか、愛し合う愛し合わないとか、そういう関係性というところも超越した、文系のわたしにはちょっと遠いところにある次元で、わたしと彼は、この先も生きてゆくのだろう。実際に手を取り合うことができなくても、空も、空気も、わたしと彼は同じものを見て、身体で感じながら生きてゆけるのだから。  わたしは、高校三年生のわたしとして、努めて明るい表情をつくりながら言った。
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