序章 最強の体験目覚まし

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序章 最強の体験目覚まし

俺は田口 誠 22歳。この春、茨城の大学を卒業して東京の企業に就職が決まり、初めての一人暮らしを始める事になった。実家で生活するのもあと数日。もうすぐ入社式なので、一人暮らしに必要な物をいろいろと買い揃えているところだったが、一番大事な物を買い忘れている事に気が付いた。 俺の眠りは半端なく深いらしく、目覚まし時計が3個同時にけたたましく鳴っていても起きられず、いつも母親に怒鳴られていた。どんな爆音の目覚まし でも自分で止める事ができず、学校では遅刻の常習犯。でも、さすがに 社会人になってもそれでは、すぐに会社を首になってしまう。 そんな訳で、俺にとって、絶対に起きられる目覚まし時計を探さなければ、 会社勤めは無理という事だ。 早速目覚ましを買いに出かける事にした。最近は大体の物はネットショップで買うことが多かったが、実際の音量は必ずチェックしたかったので、ふと思い出し何年かぶりに、小学校近くの馴染みの時計店に行ってみようと思った。その時計店が今でもあるかどうか分からなかったけれど、記憶を頼りに歩いていると昔のままのお店が見えてきて、自然と駆け足になった。 そして、そのお店のショーケースに飾られている銀の目覚まし時計に釘付けになってしまった。 ぱっと見、その時計は普通の時計だったが、「最強の体験目覚まし」という 何とも怪しげな名前が付いていた。 値段は一万円。目覚まし時計にしてはかなり高いと思ったが、 妙にその怪しげなネーミングが気になったのでお店のドアを勢いよく 開けた。 その時計店は古くからあり、俺も子供の頃、下校途中に良く寄っていて店主のおやじに可愛がってもらった。孤独なおやじはいつも俺を歓迎してくれた。鍵っ子だった俺は夕方までその店で過ごすことも多かった。おやじはよく、 うたた寝をしていて、そんな時は店主気取りで俺が勝手に店番をしていた。 おやじはかなり老け込んでいたが、お店の中の雰囲気は昔のままで、 一瞬でタイムスリップしたような感覚を覚えた。 案の定、おやじは爆睡していたがはたきで鼻を触ると飛び上がらんばかりに 驚いて、しばらくぼーっとしていたが俺の顔をまじまじと見て、 「おー、誠じゃねえか。あのちびが大きくなったなー」と俺の頭をぽんぽん たたくもんだから、俺も負けじとおやじの頭をぽんぽんたたいて、 「おやじ、小さくなったなー!俺、今度東京で一人暮らしするんだけど、ショーケースの最強の体験目覚ましって何だよ!絶対起きられるってまじ?」 聞いてから、絶対なんてあり得ないしバカな質問をしたなと思っていると、 おやじはニヤリとしながら、 「まじだ。絶対に起きられる!ただし起きる5分前に必ずセットする事!」 「なんで5分前?」 「5分間で絶対起きられる体験をするから、5分前にセットするとちょうど 起きたい時間に起きられるってからくりだ」 「ほんとかよ~絶対起きられる体験ってどんな体験だよ~ しかも、一万円って高いよ!負けてくれよ~」と駄々をこねてみたが、 「どんな体験かは実際に使ってみれば分かるし、世界に一つだけの時計だから一万円でも安いくらいだ。3日試して、もし1日でも起きられない日があったらそん時は返品してくれ。お代は必ず全額返金するから!」 俺はあまりにうさんくさい話だとは思ったが、ちょうど一万持ってたし、 返金保証があるならまあいいかと思い、その怪し過ぎる「最強の体験目覚まし」なる時計を思わず勢いで買ってしまった。 この決断が、俺の運命を狂わせる事になるとは…
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