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先のない恋愛に怖くなって、耐えられなくなった3ヶ月前のあの日、「別れよう」という言葉は彼の口から発せられた。
彼は底抜けに優しいのだ。
私が意気地なしで、それを言葉に出来ないことなどお見通しだったのだ。
私は「ごめんね」としか言えなかった。
最初から糸の先が見えていれば楽だったのだ、と神様に八つ当たり。
私たちの不器用な結び目はそこで解けた。
別れてからも、彼は家に行けば迎え入れてくれたし、
私を抱くことも拒む様子はなかった。
彼が別れた後も私を好きなのは分かっていたし、
私だって彼のことは今でも好きなのだ。
きっと。ただ、先がないだけ。私たちには、ハッピーエンドがないだけ。
だから、彼の方から一歩離れていくことなんて想像もしていなかった。
シューズボックスの上、ヘアゴムを置く。
部屋の中、ソファにあぐらをかいてゲームをしている横顔が、
ドアを開けてすぐに目に入った。
グレーのパーカー、買ったんだ。似合ってるね。
言葉の代わりに、彼の隣に座ってもたれかかる。
新品の服の匂いが、彼の香水の匂いと混ざって香る。
私と付き合っている時は1度も着なかった色。
私が付き合う前に飲み会で話した、
「グレーはあんまり好きじゃないな」
という言葉を、彼はずっと覚えていたのだ。
雑誌で見る男性のグレーのトップスは全然格好良くなかったけれど、
なんだ、そんなに君が着ると素敵な色だったんだね。
「好きな人は、どんな子なの?」
ゲーム画面を眺めながら、自分の口が余計なことを尋ねる。
別に知りたい訳じゃないでしょう。ほら、彼もきっと困るよ。
「え。あー、うん、そうだな」
画面の中では、キャラクターが落とし穴をジャンプして避けている。その先には2体の敵。
予想していた通り、キャラクターは敵の攻撃を避けきれず、間抜けな音と共に死んでしまう。
彼はゲームが下手だった。
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