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夏の気配を拒むような青白い彼の頬に、ぼろぼろと零れたものは汗ではなかった。ああ、そうだった。と彼の口から確かめるような独り言が、声にならずに息のままで外に漏れた。
道端にしゃがみこんだ彼を、ある人は不審そうに、ある人は心配そうに眺めながら通り過ぎていく。ぼたぼたと彼の目から溢れ出した水分は、熱く灼けたアスファルトに触れてじゅわじゅわと染み込みんだ。引き攣るような嗚咽が彼の喉に絡まり、それを咳き込むようにはき出した。
傍らに転がる命の抜け殻に触れる。薄布が剥がれてしまった記憶の先の、最後に見たあの人と重なって、彼はそれを打ち消すように蝉の死骸を握りつぶした。ばりばり、とおよそ生き物の感触ではない、渇ききった音が手のひらの中から響いた。
この日は早く帰るから、夜は一緒にすごそうね。
数週間前のあの人は、そう言っていた。カレンダーの、今日のこの日をなぞりながら、いつもよりも嬉しそうな笑顔で。
「どうして」
大丈夫ですか? と顔も見知らぬ他人が、蹲る彼におずおずと声をかける。つくつくほーし、と泣く声は、彼の耳に届かなかった。
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