その夜は雨に

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 カウンターに座るなり、彼女は僕を見て言った。 「うーん、この魚を焼いてる匂い! 食欲そそるねー! 竹内君、いい店知ってんじゃん。何で今まで連れて来てくれなかったのよ。わたしは今ショックを受けているのだよ。君とわたしの仲はその程度だったんだねえ」 「仲って言われても……。それに連れて来なかったわけじゃないですよ。たまたまタイミングが……」 「ふーん。ま、いっか。今日連れて来てもらったしね」  タイミングを見計らって、女将さんがおしぼりを持ってきた。 「お飲み物はどうなさいますか」 「佐々木さん、どうします? 酒いっちゃいますか?」 「竹内君。もちろんだよ。わたしは生ください」 「僕はウーロンハイでお願いします」 「はい。かしこまりました。今日は秋刀魚の良いのが入ってるんですよ。お刺身にしても、焼いても美味しいですよ。ぜひ召し上がってくださいね」 「食べまーす。焼きでお願いします!」  女将さんはありがとうございますと言って、カウンターの中の大将に注文を通した。 「大将、秋刀魚焼きでお願いします」 「はいよ」 大将が切れの良い返事を寄越した。  お客の入りは七割程で、八席のカウンターは僕ら二人だけだ。 仕切りがある店でもないのに、ちょっと二人だけの空間みたいで僕は嬉しくなった。  佐々木さんは、お品書きやカウンター上の梁に張られているオススメを一生懸命見ている。 あれこれ悩む姿が無性に可愛らしく思えて、僕は魅入ってしまった。 別に今初めて目にした訳じゃないけど、今夜は特にそう思えた。 はからずも行き付けに連れてくるというハードルを越えた、今の僕の達成感から来る心の余裕がそうさせているのかもしれない。 今でも決して余裕があるわけではないけど、たった数分前よりは良く見える。 そして、それはこれからも。
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