36人が本棚に入れています
本棚に追加
飲食店が並ぶ通りに入ってすぐ、佐々木さんは立ち止まり、看板を指さした。
「あ、ここでしょ?」
「そうです。意外と会社から近いんですよ」
「竹内君、良く来るの?」
「はい。会社帰りにご飯食べにとか」
「あれ? 誰と来てんのかな。彼女だな」
「いや、彼女いそうに見えないでしょ。大抵男友達かお一人様ですよ」
「ふーん。ま、いいけどね」
「と、とりあえず入りましょう」
暖簾を潜りながら引戸を開けると、女将さんの声と魚を焼いている香ばしい匂いが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。あら、竹内さん。ようこそいらっしゃいました」
「女将さん、こんばんは。二人なんですけど大丈夫ですか?」
「どうぞ、どうぞ。カウンターと小上がりどちらになさいますか?」
「わたしカウンターがいいです!」
佐々木さんの威勢の良い声に、女将さんが笑いながら答えた。
「はい、カウンター二名様お通しです。それにしても、竹内さん。女性を連れていらっしゃるなんて初めてですね。なんかわたし嬉しくなっちゃったわ」
「へえー、本当に連れて来てないんだね」
「だから言ったじゃないですか。女性は佐々木さんが初めてですよ」
「そっか。わたしが初めての女だね」
「ちょっと、言い方。いろいろ語弊がありますから」
「いやらしいなあ。そんな意味じゃないわよ」
「わ、分かってますよ」
僕らの会話をにこやかに聞いていた女将さんが、そろそろという風にカウンター席に促す。
佐々木さんと食事に行く時、この店は選択肢に入れていなかった。
行き付けに一緒にというのは、なんか自宅に招くのに近い感覚がして、僕の中ではハードルが高かった。
でも、今夜はすんなりと連れてこれた。
佐々木さんの焼き魚が食べたいとの言葉のせいかもしれないが、僕の中の煮詰まった想いが、そろそろハードルを越えろと押したのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!