その夜は雨に

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 飲食店が並ぶ通りに入ってすぐ、佐々木さんは立ち止まり、看板を指さした。 「あ、ここでしょ?」 「そうです。意外と会社から近いんですよ」 「竹内君、良く来るの?」 「はい。会社帰りにご飯食べにとか」 「あれ? 誰と来てんのかな。彼女だな」 「いや、彼女いそうに見えないでしょ。大抵男友達かお一人様ですよ」 「ふーん。ま、いいけどね」 「と、とりあえず入りましょう」  暖簾を潜りながら引戸を開けると、女将さんの声と魚を焼いている香ばしい匂いが迎えてくれた。 「いらっしゃいませ。あら、竹内さん。ようこそいらっしゃいました」 「女将さん、こんばんは。二人なんですけど大丈夫ですか?」 「どうぞ、どうぞ。カウンターと小上がりどちらになさいますか?」 「わたしカウンターがいいです!」  佐々木さんの威勢の良い声に、女将さんが笑いながら答えた。 「はい、カウンター二名様お通しです。それにしても、竹内さん。女性を連れていらっしゃるなんて初めてですね。なんかわたし嬉しくなっちゃったわ」 「へえー、本当に連れて来てないんだね」 「だから言ったじゃないですか。女性は佐々木さんが初めてですよ」 「そっか。わたしが初めての女だね」 「ちょっと、言い方。いろいろ語弊がありますから」 「いやらしいなあ。そんな意味じゃないわよ」 「わ、分かってますよ」  僕らの会話をにこやかに聞いていた女将さんが、そろそろという風にカウンター席に促す。  佐々木さんと食事に行く時、この店は選択肢に入れていなかった。 行き付けに一緒にというのは、なんか自宅に招くのに近い感覚がして、僕の中ではハードルが高かった。 でも、今夜はすんなりと連れてこれた。 佐々木さんの焼き魚が食べたいとの言葉のせいかもしれないが、僕の中の煮詰まった想いが、そろそろハードルを越えろと押したのかもしれない。
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