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「やぁ、いらっしゃい」
初めて店に足を踏み入れた時、彼は今と変わらず微笑んでそう言った。
「お客さん、この町の人じゃないね」
「旅をしているんだ。すまないが、何か適当に食べるものを頼めるだろうか」
「ふふ、かしこまりました」
彼はそう言うと、まずティーポットを温め始めた。
何かを作っている間に、彼はティーカップだけを持って、一度テーブルを訪れた。
「これ、サービスだよ。外は寒かったでしょう?」
彼が差し出してくれたのは、柔らかく湯気の立ち上るミルクティーだった。
「……ありがとう。ミルクティーは久しぶりだ」
それは本当の話だった。
昔、特別な夜に飲んだきり、俺はミルクティーを飲んだことがなかった。
けれども、彼が持って来てくれたミルクティーを断らなかったのは、その思い出のミルクティーと同じ香りがしたからだ。
「それね、この辺りではあまり採れない茶葉なんだ。僕のとっておき」
「良いのか? そんな茶葉を使わせてしまって……」
「もちろん。君に飲んでほしいから使ったんだよ」
彼のその笑顔は温かく、どういうわけか、懐かしい面影が重なって見えた。
それはきっとこのミルクティーの香りのせいだ、と思いながらも、俺は自分の気持ちが安らぐのを感じていた。
それから毎朝、俺はこの店に朝食を食べに訪れている。
いつ行っても、彼の纏う空気は柔らかく、店の雰囲気は気持ちを和ませてくれた。
彼とは毎日簡単な会話をしたが、彼は自分のことは話さなかったし、俺も自分自身のことについては殆ど話さなかった。
だから、俺は彼のことを友人だと思ってはいても、実はお互いの名前さえ、知らないままでいる。
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