イドを暴きたがるのは人の性

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イドを暴きたがるのは人の性

古びた木造りの家の広い庭の真ん中に、その井戸はある。水はとうの昔に枯れていて、使い物にはならない。この家に越してきたときから、何度も私は井戸を覗き込んでいる。底が見通せたことは一度もない。 井戸の底にはなにがあるのだろうか。枯れ果てた草花か、動物のなきがらでもあるのかもしれない。ただ硬い土があるばかりかもしれないし、ごつごつとした石に覆われているのかもしれない。 どこかで聞いた話では、井戸の底には死体が入っているという。似たようなもので、宝物が隠されている、なんてものもある。どちらもほぼ噂だろう。そんなものは与太話。実際に誰かが死体を捨てたのかもしれないし、宝物を隠したのかもしれない。けれども、ほとんどは井戸の底に対する好奇心から生まれた、ただのお話。 覗き込んでも、ぽっかりと暗い穴が広がるだけ。昼も夜も、ひたすらに深く暗い井戸の底。私はいつも、井戸の底に何があるのかを、知りたいと思っている。死体でも宝物でも、ごみでも何でもいいのだろう。暗く深い底には、絶対に何かがあるはずだと信じてやまないのだ。 仮に、井戸の底には死体があるとしよう――なら、イドの底には何があるのだろう? むき出しになった自分がいるのだろうか。日常生活の中では埋もれてしまって、本人すらも気付かないような、ささいな感情。ストレスや、欲望。そんなものが、渦巻いているのだろうか。本当の自分なんて、むき出しにでもならないとわかりはしない。怖いけれども、私はそれをも見てみたいと思う。井戸とは違って、イドの底にはたっぷりとした水がたまっているのだろう。澄んでいるかもしれないし、底がわからぬほどに淀んでいるのかもしれない。ゆらゆらと自分の内をたゆたえば、イドの水底を見ることができるのだろうか……
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