第三話.笑うには

2/2
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
 ダンがタバコを吸い終わると、少女が珍しく自分から話しかけてきた。 「あの、あたしね、明日からバイトを始めるの」  ダンは唇をぎゅっと歪めて、少女を見た。 「マジで? 葬儀屋とか?」 「残念ながら、違うわ。クリーニング屋よ」 「えっ、接客できんのか? つうか、どうやって面接通ったの?」 「直子さんのお友達が経営しているお店なの。すごい気さくな人で、あたし、こんにちはくらいしか言ってないのに、直子さんの紹介ってだけで雇ってくれたわ。あなたのお母さん、人望があるのね」 「まあ、そうなんかな。にしても、その人、気さくっていうレベルじゃねえな、そりゃ」 「そうかもね、でも助かったわ」  くせなのか、少女は自分の手をさすっている。 「もう、直子さんに迷惑ばかりかけちゃいけないと思ったの……家賃くらい、払わなきゃ」 「こいつあ、たまげたな」  それ以上何か言うこともなく、ダンはただ何度も頷いてみせた。  それから、少しだけうつむいた。    家に戻り、夕食時になると、いつもは控えめで無口な少女が思い切ったように言葉を発した。 「あの、あたし、あたしの名前は……綺羅っていいます」  少女は、真剣な顔をしている。  青井親子は顔を見合わし、また少女を見ると、思わず吹き出してしまった。  途端に、部屋中に親子の笑い声がこだました。 「いや、ごめんね、綺羅ちゃん」 「おまえ、切腹でもする気か」  綺羅はきょとん、とし――  笑っている二人を見て、自分の覚悟が馬鹿げたものだったと感じたのか、初めて二人と一緒に笑いだした。 「ダン。あなた、ジョークのセンスがないわね」  それからというもの、週末になると、綺羅はバイトが終わった後、ダンとヨシの路上ライブによく顔を出すようになった。  もう、彼女が笑顔を出し惜しみすることはなくなっていた。
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!