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ダンがタバコを吸い終わると、少女が珍しく自分から話しかけてきた。
「あの、あたしね、明日からバイトを始めるの」
ダンは唇をぎゅっと歪めて、少女を見た。
「マジで? 葬儀屋とか?」
「残念ながら、違うわ。クリーニング屋よ」
「えっ、接客できんのか? つうか、どうやって面接通ったの?」
「直子さんのお友達が経営しているお店なの。すごい気さくな人で、あたし、こんにちはくらいしか言ってないのに、直子さんの紹介ってだけで雇ってくれたわ。あなたのお母さん、人望があるのね」
「まあ、そうなんかな。にしても、その人、気さくっていうレベルじゃねえな、そりゃ」
「そうかもね、でも助かったわ」
くせなのか、少女は自分の手をさすっている。
「もう、直子さんに迷惑ばかりかけちゃいけないと思ったの……家賃くらい、払わなきゃ」
「こいつあ、たまげたな」
それ以上何か言うこともなく、ダンはただ何度も頷いてみせた。
それから、少しだけうつむいた。
家に戻り、夕食時になると、いつもは控えめで無口な少女が思い切ったように言葉を発した。
「あの、あたし、あたしの名前は……綺羅っていいます」
少女は、真剣な顔をしている。
青井親子は顔を見合わし、また少女を見ると、思わず吹き出してしまった。
途端に、部屋中に親子の笑い声がこだました。
「いや、ごめんね、綺羅ちゃん」
「おまえ、切腹でもする気か」
綺羅はきょとん、とし――
笑っている二人を見て、自分の覚悟が馬鹿げたものだったと感じたのか、初めて二人と一緒に笑いだした。
「ダン。あなた、ジョークのセンスがないわね」
それからというもの、週末になると、綺羅はバイトが終わった後、ダンとヨシの路上ライブによく顔を出すようになった。
もう、彼女が笑顔を出し惜しみすることはなくなっていた。
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