第四章.夏を往く

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 家に戻った後でも、綺羅は直子に、ダンとヨシの演奏のことを溌剌と話した。 「ダン君もヨシ君も、いい声しています。クールだわ」  直子は一児の母らしく、自分の息子がほめられることにはまんざらでもないらしい。 「この子は、ヨシ君と一緒にいるのが楽しいのよ。綺羅ちゃんも交ぜてもらったら?」  そう言われると、綺羅は困ってしまう。  小中高と過ごすにつれ、女子は男子だけの世界を目の当たりにしてゆくものなのだ。 「いや、あたしは……聴いているだけで楽しいんですよ」  同じく、ダンもきまりわるそうにしている。 「なに言ってんだよ、母ちゃん。俺あ、あいつなんかいなくたって、一人でもやれるよ」  綺羅は、そういうダンを見ていると、つい口元がゆるんでしまう。 「ほんと、子供ね」 「男なんて、そんなものよ。いつまでもガキなんだから」  そう言って、直子と一緒にくすくすと笑った。  ダンはといえば、しかたなく肩をすくめている。  そうそう、といった調子で綺羅が言った。 「ダン君って、音楽の成績いいの?」 「いや、いつも2だよ。中学ん時は、1をとっちゃった」彼は呑気に答える。 「でも、ギター弾けるじゃない」 「学校で教えてくれる音楽なんざ、数式みてえなもんだよ。俺あ、学校の音楽が嫌いだから、外での音楽が好きになったんだよ」  直子は、苦笑している。  が、何も言わなかった。  たしかに、彼の息子がやろうとしている音楽に、数字のついた評価なんかは必要ないのだろう。
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