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第二話.ダンと少女
一.
二人――
特に気のきく言葉も思いつかないまま、ダンは頭をポリポリとかいていた。
平静を装ってはいるが、動きがぎこちない。
何かにせっつかれるように、ダンは「行くか」と言った。
少女は革のバッグをぎゅっと抱え、「うん」という代わりに小さく頷いた。
その眼が、ダンをしっかりと捉えている。
それはひどく鋭利なもので、そして、ダンという少年は生まれてこのかた、そんな悲しい目を見たことがなかった。
少女はダンの乗るディオの後ろに跨っている。
彼女は明らかにバイクに乗り慣れていた。
ダンの腰に手をまわしたりせずに、リアカバーをつかんで、風を受けている。
夏の夜の風が、進んでゆく景色を懐かしくして、もどかしいスクリーンへと変えていく。
いつもよりもスピードを落として走っていたので、予定よりも遅く帰宅した。
もう、時計の針は二時を指している。
少女を浴室に案内し、書斎で少女の寝支度をしている間、ダンはひどくそわそわしていた。
無理もない。
彼はまだ女を知らないのだ。
おまけに、言うことを聞かない下半身を慌てて叩く有様だった。
「おおう!」
ひとり、叫ぶ少年。
ふう、と息をつき、深呼吸をこころみるが、ジンジンとした痛みに涙がでてきていた。
涙目のまま、ふと、ダンは後ろをふりかえった。
少女が風呂から上がってきていた。
濡れた髪がひどく艶っぽい。
童貞の少年は牛乳をとるふりをして、なんとか前傾姿勢を保とうとしている。
「ありがとう……あなたは、お風呂入らないの?」
「ん、あ、ああ」
類人猿のような姿勢のまま、ダンは浴室へ向かってせかせかと足を動かした。
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