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第三話.笑うには
一.
七月になり、少女が青井一家と住むようになってから、すでに幾日かが経っていた。
どういう言い訳をしたのか、彼女曰く、彼女の親は今の状況を認めてくれたようだった。
ダンは、相変わらずヨシと一緒に路上で演奏している。
その一方で、彼は歴史にも興味を持っていたので、大学に入って史学を専攻するために、中間テストに向けて勉強にも勤しんでいた。
日が経つにつれ、少女はよく家事の手伝いをするようになり、直子の言うことはよく聞くようになっていった。
夏のわりにはどんよりとした空が地面にかぶさっている。
ダンは、灰色じみた帰り道の途中で、少女を見かけた。
彼女は公園のベンチに腰かけている。
「よう、何してんだ?」
少女はダンに気付くと、少し笑ってみせた。
それは、人に向かってじゃなく、壁に向かって微笑んでいるような野暮ったい笑みだった。
ダンはめんどくさそうに自分の鼻をかく。
そしてふらふらした足取りで、彼は少女のとなりへと座った。
「ベンチに座ってたのよ」
「なあ」ダンは、関心したような顔をしてみせる。
「おまえ、いちいちクールな返事するよな。俺みてえなバカにゃ、無理だな。ヨシなんかさ、クールぶってるけど、ほんとは信じられないくらいバカなんだ。あいつも、クールってやつにゃ、なりきれねえな」
少女は、また少し笑った。その笑みはさっきと違って、乾いたものではなかった。
「あたし、クールなの? ただのコミュニケーションよ、私なりの」
今度は、ダンが口端を広げた。
「コミュニケーションってやつを、もっと勉強した方がいいな、俺もおまえも」
「そうね」そう言うと、少女は前を向いた。
ダンは学ランの裏からマイルドセブンを取り出した。
ニカッと笑って、少女に一本差しだした。
「吸う?」
「吸わない」
すぐに、少女は首をふった。
ダンはタバコに火をつけてから、「吸わねえ不良少女もいるんだな」と言った。
少女は少しだけダンを睨んだ。
彼はそれに気づかないまま、自分の年に合わないものを肺に入れてゆく。
公園の空気と異なる白い煙がたゆたっては、やがて消えていった。
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