マタニティ・ホワイト

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「生理が遅れてるみたい。」 休日の朝の静けさの中に勇気を出して言ってみる。 本当は先週に来るはずだったけど、明日来なかったら言おうと思っているうちに一週間が立ってしまった。 「それって、検査薬とか買ってきたほうがいいよね。」 先に起きてリビングでコーヒーを飲んでいた明生さんが目を丸くしてそう言って立ち上がると、そのままジャケットを羽織って玄関に向かう。 「待って。気がするだけなの。期待しちゃだめよ、だって…」 「大丈夫、買ってくるだけだから。」 少し頬を赤らめて明生さんは出ていってしまった。 買ってくるだけって、何よ。嬉しそうにしちゃって。 刺々しい気持ちにハッとして嫌気が差す。こんなんじゃ、本当に妊娠してるみたいじゃない。 こういうときはいつものことをしたほうがいい。お味噌汁でも炊こうかしら。 お鍋に昆布を落として火にかけてから、冷蔵庫の中から使えそうなお野菜を探す。けど、なんにもない。 田舎っぽくて嫌だけどさつまいもでも入れればいいか。 よく洗ってから切っている最中に明生さんが帰ってきた。 右手にビニール袋を下げて、左手に着ていったジャケットを持っている。 汗だくのぺたぺたした手でビニール袋を投げ捨てて中身をわたしに渡してくる。 やあね、その袋わたしが拾うのよ。汗なんかかいて、走ったのね。犬みたい。 明生さんは期待のこもった赤ら顔で私をトイレに押しやった。 やりたくないけど、現実から目を背けてもしょうがないのはわかってる。 数秒待つと、陽性のところに線が浮き上がってくる。 やっぱりね。ああ、トイレから出たくない。 明生さんのよろこぶ姿を想像してため息が出てしまう。 本当はわたしも一緒に喜ぶべきところなんだろうけど、どうしても数年前のわたしの影が見えてしまうの。 無知で恥かきな昔のわたし。 なるべく音を立てないようにトイレから出ると、明生さんがパソコンを起動して妊娠についてを調べているのが見えた。 こちらに背を向けるように座っているから、画面の中身が読めてしまう。 わたしのかわいい明生さん、お願いだから一人で勝手に盛り上がらないで。わたしを置いて行かないで。 「ねえ。」 勢いよく明生さんが振り向いた。期待と緊張の入り混じった眼差しでわたしと検査薬を交互に見つめる。 「わたし産みたくないみたい。」 火にかけたお鍋がかたかたと沸騰を知らせる。
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