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人が多いところはあまり好きではない。
それが雨の日ともなればなおさらで、道行く人々の表情もどこか陰鬱としているように見えて、いつも薄暗いモノクロの世界がより陰影を増すように思えた。
服を買いに行こうと待ち合わせ場所を指定した友人は、まだ来ない。
何もわざわざ人の溢れた街で買わなくてもいいのにと思うけれど、ここにしかないショップに行きたいのだと言われれば強く反対する気も起きなかった。今そのことを少し後悔している。視界を埋め尽くす傘の群れは、どれも灰色でうんざりとした。
友人には悪いけれど場所を変えよう。
そう思って振り返った視線の先に、それはあった。
鮮やかな赤のハイカットスニーカー。
深い森の色をしたマフラー。
日の光を吸い込んだ茶色の髪。
濃紺のジーンズはところどころダメージで色褪せている。
錆色のワンショルダーバッグを肩にかけて。
モノクロの世界で、その人はただ一人鮮やかに立っていた。
一度も会ったことのない懐かしいその人は、きっと私がそうしているのと同じようにひどく驚いた顔をしている。
何かを言おうとするけれど、言葉が出ない。
きっと何か伝えなければいけないのに。
と、ふいに視界の端が何かをとらえる。
歩道の隅に咲いた、小さな白い花。黄色い花芯がゆらゆらと揺れている。
その人もまた、私の視線を辿ったのかその花に気付き、少し考えるようにしてからその花に歩み寄ると茎の中程を手折った。
近付いてくる花。目の前に差し出されたその花に少しだけ躊躇して、そして触れた瞬間。
ぶわり、とまるで見えない何かが爆発したかのように色彩が広がった。
色とりどりの傘の群れが、鮮やかな街並みが、その花から溢れるように広がって、モノクロの世界は突然に終わりを迎えた。
ああ、そうか。
「おはよう」
「おはよう」
私たちは、今目覚めたのだ。
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