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第十話「封印された過去」
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引っ越しの日は快晴だった。
元々の荷物量が少なかったこともあり、荷解きも茉莉花達に手伝ってもらったことで、昼食前には全てがあるべき場所に片付いた。
しかしホッと息をついたのも束の間、午後三時。約束の時間ぴったりにカインが迎えに現れた。
一花は彼と一緒にホテルへ行き、トマスの部屋を訪れた。
今日はここで催眠療法を受ける予定だった。
今回はジェラルドも同席し、彼女の心の奥深くに仕舞われた記憶を引き出す治療を行う。
トマスはこの治療に当たり、部屋の一つをそれ専用に変えていた。
窓はなくエアコンと書き物机、座り心地の良いリクライニングチェアだけが設置された部屋は、壁紙すら無地の灰色で、余計な刺激を与えない内装だった。
トマスは一花を椅子に横たわらせて、いつものように言葉掛けでゆっくりと催眠状態へと誘った。
彼が昔、直接その著名な催眠術師から教わった方法だそうで、エルマン催眠とその師の名前が付いている。
トマス医師の穏やかで澄んだ美声を聞きながら、一花はいつものようにゆっくりと無意識の領域に沈んでいった。
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