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「そんなこと無いけどな。」
それでも自分からハイそうですと認めるのも恥ずかしい気もするので、やや否定気味の答えを返していた。
「うふふ。お兄さん可愛いからこうしてあげる。」
そういうと寧々は陽平の顔を自らの胸に押し付けるように抱きしめた。同時に陽平の鼻腔に広がる甘い香り。思わず寧々に抱きつくように腕を腰に巻きつけていた。
互いに巻きつけていた腕が緩んだ時、寧々は陽平の膝の上から見下ろすようにして顔を覗きこむ。そして同時に唇を重ねてきた。
これが二人にとって記念すべき初めての口づけであった。店の中ではあるけれど。
陽平は寧々の唇に翻弄されていた。積極的にではあるが、深くには踏み込んで来ない動きと、柔らかい息遣いが忘れていた恋心の扉を叩いているかのようだった。
「ほら、やっぱりな。」
寧々は陽平の体を少し離して、確信したかのように呟いた。
「どうしたん?」
「お兄さん、無茶をしいひん人やって事。思ったとおりやわ。優しいな。」
「ボクは女性にはいっつも優しいで。」
「女たらしやねんな。」
「違うねん。自分に自信が無いだけやねん。嫌われんように気を使っているだけやし。」
「でも普通の人はみんな自分のことばっかしやのに、お兄さん偉いな。」
「自分に自身のある人はそれでエエねん。そうなりたいんやけど全然やねん。」
「エエやん。女の子からしたら、そういうお客さんの方がもてるかも。」
「ほんなら、お言葉に甘えて。」
女の子に優しいのと元来エッチなのは別物とみえる。陽平はもう一度寧々の胸の谷間に顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。
すると場内から二人を引き離すコールが聞こえてきた。
――寧々さん、八番テーブルへハロータイム――
「呼ばれちゃった。ちょっと行って来るね。」
そう言い残して陽平の膝の上から薄暗い闇の空間へと消えていく。
続いて聞こえるコールは、
=カレンさん、二番テーブルへラッキータイム=
因みに場内コールの「ハロータイム」はフリー客への顔見せのこと、「ラッキータイム」は指名客が他のシートに呼ばれたときに、別の嬢がその穴埋めをしに行くことである。
カレンという嬢は以前から足しげく通っていた陽平にとっては、割と顔馴染みで気さくに話せる嬢の一人であった。
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