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彼女は佐々木梨香といって、三年前に入社した若手のホープである。この会社は社長が女性ということもあり、一般職でも女性社員が少なくない。さすがに三十路を超えての数は減ってくるが、二十代なら三割以上が女性社員である。
「ああ、今朝一番に友達と顔を合わせてから、いきなり今日一番の疲れが出た。」
「何があったんですか?」
不思議そうに陽平の顔を見つめる梨香であったが、彼女も中々の美人である。ちょっとした悪戯心が動かない訳が無い。
「なあ、元気の無いボクのために今夜デートしてくれへん?」
「冗談はその辺にしときましょね。それに今日はみっちり残業デーですよ。昨日のY企画の見積書、ちゃんと整理しておいて下さいね。」
そう言ってニッコリと微笑を残したまま立ち去った。陽平は、その後姿をあんぐりと口を開けたまま見送っていた。
「ああ、あの子も可愛いよな。もう彼氏おるって言うてたよな。」
あれは昨年の忘年会だったろうか、二つ年上の彼氏がいるという話をしていたのを思い出した。
「今どき、いい子はみんな予約済みやんな。」
またぞろ陽平のデスクには大きなため息が響き渡る。
今日も仕事がひと段落するまでは、憂鬱な一日になりそうだ。そんな予感がする曇り空の日だった。
その日の夜も時計の針が九時を指そうかという頃。
陽平はようやく仕事にひと段落をつけられそうなところまで漕ぎ着けていた。最後の検算をして間違いが無ければ、今日のところはお終いにできる。あとは明日の朝一番に、課長のハンコがもらえれば一件落着なのである。
そんなタイミングで梨香が声をかけてきた。
「尾関さんまだかかるんですか?私はもう終わりなんですが、よかったらご飯を食べに行きません?」
「えっ?」
あまりにも突然のお誘いに一瞬躊躇してしまったのだが、梨香のセリフには続きがあって。
「もちろん二人きりじゃないですよ。加藤さんも中浜さんも一緒ですよ。」
加藤良子は陽平の直属の上司、中浜瑞穂は梨香の一つ下の後輩で、みな一様に美人であるがゆえに、陽平にとっては断りようの無いメンバーでもあった。
「なんや美人ぞろいやん。断る理由ないやん。もう終わるとこやし絶対に行く。すぐ片付けるから待ってて。」
「じゃあ、みんなで行きましょ。」
慌てて終業モードにギアチェンジすると、陽平の帰り支度は一分で完了する。
パソコンの電源を消して、ペンを引き出しに片付けて、ジャケットを羽織れば、帰り支度は完了である。すでに課長や先輩方の姿は消えていたので、帰るには誰にも遠慮がいらなくなっていた。
廊下では既に美人社員三名がいまや遅しと陽平が来るのを待っており、中でも一番に陽平の姿を見つけた先輩の加藤女史が気軽に声をかけた。
「遅いやないの。ほんで、尾関クンは何が食べたいん?」
「最近疲れ気味なんですよね。できたらスタミナがつくヤツがいいですね。」
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