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独り言をブツブツと呟きながら電車を乗り継いで辿り着いたのは『ナイトドール』の前だった。しかし今宵は木曜日、寧々の出勤日ではない。それを思い出した陽平は、店の真ん前まで来たにもかかわらず、踵を返して帰路へと歩を進めるのである。
「やっぱり寧々ちゃんがおらんとアカンよな。」
折角お近づきになれた可愛いお嬢に気に入られるためにも、他の嬢を指名して浮気扱いになることを恐れた。まるで嬢に客を選ぶ権利でもあるかのような勘違いではあるが、より深い仲になるためには、それぐらいの配慮は必要なのである。
やるせない想いだけを感じながら、溜息を吐いたまま、暗く静かな自宅マンションへと辿り着く。
鬱蒼としている真っ暗な部屋の明かりをつけ、次いでパソコンの電源を入れることから夜な夜なの行動が始まる。さっと着替えを終えると、冷蔵庫から缶チューハイを取り出してプルタブを引く。プシュッという音が聞こえると、一人ぼっちの二次会の始まりである。
まずは『ナイトドール』のホームページを閲覧する。嬢たちのブログをチェックして新しい情報が無いかを確認し、寧々のページが更新されていないことがわかると、なんだか物足りなさを感じてしまう。
「今度の出勤はいつやったかな。」
などと呟きながらプロフィールのページをめくると、月・水・土の出勤予定であることが記載されている。
陽平の今までの出動パターンは二週間に一度ほどのペース。客の少ない水曜日にいてくれると通いやすい。
さらにページをめくって彼女のプロフィールを再確認していた。
「そやそや牡羊座やん。オイラと誕生日近いってことやん。プレゼント買いにいかな。」
陽平は四月生まれで、先日誕生日を迎えたばかりだった。牡羊座を星座としている誕生日は三月二十一日から四月二十日生まれまで。つまりは寧々の誕生日も過ぎたばかりかもうすぐ迎えるということである。
「ここはひとつ、急いで誕生日のプレゼントを用意しな。」
また一つ、彼女に近づくきっかけを見つけた陽平は、少しばかりいい気分になっていた。
「何をプレゼントしよかなあ。」
この夜からしばらくの間、このことが陽平の中の最重要案件となったのである。
近くで猫の鳴き声が蒼く聞こえる夜のことだった。
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