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=模索する想い=
寧々の甘い祝詞の声がずっと脳裏に残るほど楽しい夜を過ごした翌朝、出社する道行きで秀哉に呼び止められた。
「ヨウちゃん、昨日は早引けしたんか?六時にはもうおらんかったけど、どうしたん?」
「どうもないで、ちょっと用事があったんや。」
「そうか、ほんなら今夜はあいてるか?来週のお見合いの打合せをしときたいねん。」
「そんなんヒデちゃんの勝手やんか。オレは知らんで。」
「まあ、そう言わんと付き合いーな。写真も見せたるさかい。ほな六時に『かば屋』集合な。」
それだけ言い残すと、陽平の返事も聞かずに自分の職場へと駆けて行った。
「オレ関係ないやん・・・。」
一人呟くも、愚痴を言う相手は既に背中を向けて、陽平の声など聞こえない距離となっていた。
なんだか朝から足取りが重い。そんな重い足取りの陽平に追い討ちがかかる。
「尾関君、ちょっと来なさい。」
デスクに座るなり、いきなり加藤女史からお呼びがかかる。
「昨日ね、アンタが帰ったあとにBB物産から電話があって、計算間違いが三箇所もある、お宅の担当者はどうなっとんねんて、向こうの課長かなり怒ってたわよ。書類は、アタシがパソコンから引っ張り出して、全部修正しといてあげたから、一応は治まってるけど、一応電話しといた方がエエかもね。それと、今日のランチはアンタの奢りね。」
「すみませんでした。早速電話しときます。電話が終わるまでに何を食べたいか考えといてくださいね。でも普通のランチにしてくださいよ。」
「しゃーないな。はよ電話しとき。」
陽平は加藤女史が話し終わる前に、既に電話のボタンを押していた。BB物産の課長も悪い人ではない。加藤女史が相当執り成してくれたのだろう。お陰で事なきを得たのは事実であった。
「ありがとうございました。向こうの課長も大丈夫かって、逆にボクの体調の心配までしてくれてましたわ。」
「せやろ、最近ちょっと体調が優れませんねんって言うといたから。ほんでな、ランチは『かば屋』にいこ。」
「えっ?なんでですか?」
思いも寄らぬ申し出に、うろたえる陽平の顔が少し歪んだように見えた。
「アンタ、あそこにちょくちょく行ってるやろ。こないだ偶然見かけたんやけど、店の大将と仲良う話しとったやんか。色々アンタの事も聞いたで。」
「マスターと話をしたんですか?」
「うん、会社の先輩やって言うたらな、色んなことホイホイ教えてくれたで。」
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