まだ見ぬ君とさようなら

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 ホテルの朝食サービスのトーストをかじりながら、思い起こしてみる。  自分の名前、分かる。年齢、分かる。住んでいるところ、分かる。妻、分からない。  学生時代に付き合っていた彼女のことは思い出せた。花を見るのが好きな人だった。彼女とは卒業してすぐに別れ、やがて彼女は職場の一つ年上の人と結婚したと人伝に聞いた。だから俺の結婚相手は彼女ではない。  そもそも結婚していないのかも知れない、と思ったが、左手の薬指には指輪の日焼け跡があった。ついさっきまで指輪をはめていたかのようだ。長くつけてもいたのだろう。だが指輪そのものは見つからなかった。  食後のコーヒーをすすりながら手帳を開き見た。カーペットに落ちていたのを拾ってきたものだった。  仕事の予定が黒字で書き込まれている中、昨日の日付に赤で二重丸が書かれていた。昨日は何か特別の日だったに違いない。何の予定だったのだろうか。  ホテルのフロントでチェックアウトをする際、フロントマンに訪ねると、確かに俺の名前で俺が予約した部屋らしい。チェックインの時に女性が一緒であったことをホテルマンは覚えていた。右目の泣き黒子が印象的な女性だったという。俺の記憶の中に該当しそうな女性はいなかった。  ホテルは家から遠くない所にあった。何故ホテルを予約したのか。  更に気になるものがあった。財布の中に、昨日の日付の花屋のレシートが入っていたのだ。ホテルから家への道中にある店だったので寄ってみることにした。  
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