まだ見ぬ君とさようなら

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 花屋の若い女店員は、昨日も来た客が今日も来てくれたと、喜びの表情で出迎えてくれた。「昨日はどうでした?」と聞くので、「俺は本当に買いに来たのだろうか」と訊ねたら怪訝な顔をされてしまった。まぁ、無理もない。お酒を飲んで昨日の記憶が曖昧なのだ、と適当な言い訳をすると、不振がったような表情のまま話してくれた。  俺は昨日、“結婚記念日で妻に贈る花束”を注文したらしい。花を買うのは初めてで、結婚五周年の記念で特別だからと、店員に相談したということだった。奥さんに花の好みはあるか、どんな色が好きなのか、赤いバラは本数で花言葉の意味合いが変わってくる……など、店員は丁寧に対応してくれたらしかった。そこまでのやり取りをしたことを忘れていたとなれば、店員がいぶかしむのも仕方ない。  自慢するようにスマートフォンで妻の写真も見せたという。店員は、泣き黒子が可愛らしいな、と思ったそうだ。その場ですぐにスマートフォンを確認したが、それらしい写真は一枚もなかった。  結局、あまりに豪華でも気負うという理由で、四本のバラを購入したとのことだった。レシートに書かれていたことと一致する。そう言えばホテルの室内にも赤い花びらが落ちていた気がする。 「奥さんのことをとても愛してらっしゃるんだなぁと思いました」  最後にはそんな風に言ってようやくまた笑ってくれた店員にお礼を言い、店を出た。  
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