まだ見ぬ君とさようなら

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 駅前から家方面のバスに乗った。  何故、妻のことを思い出せないのだろうか。妻は何故、去ってしまったのだろうか。  悶々としながら窓の外を眺めた。何十回、いや、何百回と見ている景色だ。会社の行き帰りに利用している路線。やがてバスは住宅街に入った。  バスを降りて五分も歩けば俺の家だ。新築で、ローンだって何年も先まで残っている。庭のプランターには、種類の分からない花が色とりどりに咲いていた。  鍵を開けて玄関ポーチに入る。広い。一人で暮らすには大き過ぎる家だ。リビングには立派なシステムキッチンが併設されている。生憎、自分は料理が得意でない。寝室を覗けばツインベッドがある。  明らかに俺以外にもう一人、この家には住人がいる。いや、いた。記憶だけでなく、恐らくあったであろう私物の類もごっそり無くなっていた。不自然にスペースの空いたクローゼットや洗面所周りがそれを物語っている。 「ふぅ……」  リビングのソファに座って水を飲んだ。いたはずの妻の記憶がないだけで、自分自身に外傷は無さそうに思える。頭を打ったということは無さそうだし、身体に異変も感じない。そして不思議なことに、記憶がないからといって自分に不都合を感じていない。記憶がないならないで、このまま普通に生活ができそうなのだ。  全ては俺の妄想で、それにみんなが付き合ってくれただけで、妻は、元々いなかったのかもしれない――  明日会社へ持って行く書類を整理しようと立ち上がったところで、固定電話が着信を告げた。  
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