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ホテルからの着信だった。忘れ物があるので取りに来てほしい、という内容だった。何を忘れたのだろう、と考えているうちに電話は切れてしまった。
俺は服を着替えてからホテルへ引き返した。陽がだいぶ昇っていた。
ホテルに着き、フロントで忘れ物を取りに来た旨を伝えると、掃除を担当するスタッフがやってきた。目の鋭い、すらっとした体型の男だった。俺よりずっと若い。ロビーのソファを案内されたので、テーブルを挟んで向かい合って座った。
「……で、忘れ物って何ですか?」
「あ、えっと、今朝早くに、お客様がお泊まりになった部屋から出られた女性が……」
「それって、妻、ですか? 右目の下に泣き黒子のある……」
「え、えぇ、恐らく奥さんだと思うんですが……」
ホテルマンがびっくりしたように身を引いたのは、俺の言い方が奇妙だったからだろう。
「それで?」
「あぁ、それで、捨て場に困るから捨ててくれと渡された物がありまして……」
テーブルの上に差し出したのは、紙に包まれた五百円玉くらいの大きさの物だった。ホテルマンは続けた。
「失礼ながら中を見させて頂いたのですが、私にはやはり処分することができなくて……。だからと言ってお客様にお渡しするのも失礼だと思ったのですが、フロントの人間に相談したら、一緒に泊まられた女性のことを気にしている風だったとお聞きして、お電話をさせて頂きました」
話を聞きながら包みを開いた。
「……っ」
中には指輪があった。シルバー色のシンプルなデザイン。小さいサイズだ。俺の物じゃない。
持ち上げて内側を見てみた。五年前の昨日の日付と二つのイニシャルが彫られていた。イニシャルの片方は俺のイニシャルと同じだった。結婚指輪だ――
指輪を包んでいた紙には見覚えがあった。ホテルの部屋に置かれているメモだ。さようなら、と書いてあったのと同じ筆跡で、
“貴方のこと、私は忘れたくない”
そう書かれていた。
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