明朝

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 頭がグラつく。記憶の覚醒は唐突だった。それでいてすべて思い出せるわけでもない。昨日の夜何があった。思い出そうとすると不意に体の力が抜ける。膝をつきたいが男の手に顎がかかって倒れられない。  天井近くの丸窓から唐突に光が指す。朝日だ。朝がきた。  さあ悪夢もこれでおしまいだ。僕は飲みすぎた、ただそれだけだ。 「離せっ…」  しかし恐ろしい現実は陽の光にも溶けない。声を絞り出す。首が締まる。男の手の上で僕の首が喘ぐ。必死で男の指に縋ると男は僕をせせら笑う。同調するように膝が笑う。愉快なのではない、息がつまる、立てない。  女は言う。僕がさっきまで欲していた”ここはどこか”という正確な答えだ。 「ここは時空の歪みの中にある武器屋よ。あらゆる時代のあらゆる場所、あらゆる空間につながっている。武器屋の店主は人間を捨て数百年の怪物。あなたそれと契約したのよ。だからその手に囚われてる」 「契、約…」  僕は聞き返した。覚えがない。 「雇用契約を結んだのよ。つまり」 「名前を与えたということだ」男の声がする。 「つまりこの怪物に身を委ねる約束をしたの。時を旅する魔法使いとね」 「魔法、使い…」  苦しくて涙目になってくる。振り絞って聞き返す。 「どんなに苦しくても死ぬまでここで働くのよ、あなた。もう逃げられはい」  女の顔は哀しげだった。救えないものに向けるまなざしが僕の記憶に焼きつく。     
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