明朝

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 しかしもしここに妹がいたらそのヒゲを三つ編みにしたがったろう。幼い子供は怖いもの知らずなのだ。僕には年のだいぶ離れた妹が実家にいる。まだ小学二年生とあって愛らしい。   「おい」 「はい!」 「こっち来い。お前ははい、しか言えんのか」  もはや失礼とわかって言うが、人間かどうかもわからない男が手を差し伸べてくる。 「そういうわけでは。ただ話の糸口と言いますか、何を話せばいいのか皆目見当がつかないというのが僕の現状と言いますか。ああ、さっきのは何ですか」 「あれはデグだ。しかもあれはただのデグじゃない。ティープー・スルタンの作らせた希少価値の高い臼砲の中でも最高峰のものだ。インドの多くの重要な儀式に関わってきた呪われし一品だがまあ、物理的な攻撃力でいえば月並みか。少なくともお前の稼ぎじゃ買えねえ」 「はあ」  僕はこわごわその大穴の開いた掌に手を重ねた。どうして大の男が男に手などつないでもらわねばならないのか考えたくもない。男の手はしっとりとして風通しが良い。 「つかみ方も忘れたのか愚図野郎」  顔の落ちくぼんだ暗闇に睨まれて僕は身震いをした。いや、ここまで正直何がなんだかわかっていない。読者諸君に何の話をしているのかもちょっと怪しい。これは僕の泥酔して目覚めたらとんでもないことになっていた朝の話のつもりである。泥酔中の夢の話ではない。     
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