猫のいない部屋

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

猫のいない部屋

「ただいま」 彼が帰ってきた。 「お疲れ様、課長」 「その呼び方はやめてくれよ」 「ああ、ごめんなさい、昇進したから部長か」 「そうじゃなくて、ウチで肩書きで呼ぶのは……」 「フフ、ごめんなさい、ワザとよ」 そう言って、私は彼にキスをした。 私達は彼の誕生日の夜に結ばれ、交際を始めた。 二人とも今の会社にお世話になって日が浅かった為、暫くは周りに隠して付き合っていた。 その後、移籍時の約束通り、彼が新規部署の管理職に昇進、同じ頃に私の妊娠も発覚したのでそこで公にし籍も入れた。 私も彼も社内で相当話題にされ、イジられもしたが、私は他の女子社員より先に彼を手に入れ、彼は非常に若い伴侶を迎えることが出来たので結果オーライ、win-win。 「とても順調だって言われたわ」 夜遅い食卓で、産婦人科での受診の報告をする。 「それは良かった。けど、くれぐれも無理はしないでくれよ。何しろ君の中の胎内(なか)には三人居るんだからね」 「分かってる。先生からも充分注意するように言われてるから」 私は初めての懐妊で三つ子を授かっていた。 確率としては6400分の1らしく、凄く珍しいようだ。 しかし、仕方ない。 何しろお腹の子の父親が無類の猫好きなのだから。 猫も多胎妊娠だものね。 彼にそう言うと、 「観賞魚や昆虫好きなら、えらい事になってたな」 と笑った。 「それより母体の君の方が猫の影響を受けたんじゃないか?」 そう言われた私は苦笑するしかない。 「何にせよ、有り難い事さ。出産する君は大変だろうけど、俺も若くない。一度に家族が増えるのはとても嬉しいよ」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!