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猫のいない部屋
「ただいま」
彼が帰ってきた。
「お疲れ様、課長」
「その呼び方はやめてくれよ」
「ああ、ごめんなさい、昇進したから部長か」
「そうじゃなくて、ウチで肩書きで呼ぶのは……」
「フフ、ごめんなさい、ワザとよ」
そう言って、私は彼にキスをした。
私達は彼の誕生日の夜に結ばれ、交際を始めた。
二人とも今の会社にお世話になって日が浅かった為、暫くは周りに隠して付き合っていた。
その後、移籍時の約束通り、彼が新規部署の管理職に昇進、同じ頃に私の妊娠も発覚したのでそこで公にし籍も入れた。
私も彼も社内で相当話題にされ、イジられもしたが、私は他の女子社員より先に彼を手に入れ、彼は非常に若い伴侶を迎えることが出来たので結果オーライ、win-win。
「とても順調だって言われたわ」
夜遅い食卓で、産婦人科での受診の報告をする。
「それは良かった。けど、くれぐれも無理はしないでくれよ。何しろ君の中の胎内には三人居るんだからね」
「分かってる。先生からも充分注意するように言われてるから」
私は初めての懐妊で三つ子を授かっていた。
確率としては6400分の1らしく、凄く珍しいようだ。
しかし、仕方ない。
何しろお腹の子の父親が無類の猫好きなのだから。
猫も多胎妊娠だものね。
彼にそう言うと、
「観賞魚や昆虫好きなら、えらい事になってたな」
と笑った。
「それより母体の君の方が猫の影響を受けたんじゃないか?」
そう言われた私は苦笑するしかない。
「何にせよ、有り難い事さ。出産する君は大変だろうけど、俺も若くない。一度に家族が増えるのはとても嬉しいよ」
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