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「『観鵞百譚』四の譚」
墨ツボに突っ込んだ筆をそのまま勢いよく、墨を散らすように振る。
「玉附子!」
散らされた墨が、いくつもの綺麗な球形にまとまり、そのままの勢いでヨミに向かって飛んでいく。
観鵞百譚。土御門朱里の使用する水の呪であり、直接的な攻撃から、結界などの補助的なものまで、百の効果を生み出す、汎用性の高い呪だ。四の譚・玉附子は毒の墨。肌に少しでも触れただけで焼けただれるほどの毒性を放つ凶悪な呪しかし。
「味がない」
パクパクパク、と瞬く間に墨の球を口に入れたヨミはケロッとした顔で立っていた。
(こいつ、毒もお構いなしか)
白臣の爆炎も容易く呑み込み、毒も効かない。とんでもない能力だ。朱里は基本的に戦いたくない性格なだけであって、それは決して戦えないという訳ではない。単純な戦闘力なら、土御門の中でも上位に位置する程度の実力はある。
しかし、この少女にはどうにも勝てる気がしない。
(一体何の妖? こんな能力心当たりが無い。せめて素性が分かったら対抗策もできるってものなのに)
考えても答えは出ない。向こうから仕掛けられたら、圧倒的に不利な状況だ。しかし、予想に反して、ヨミの方からの攻撃が来ない事に朱里は疑問を感じた。
「殺す、とか息巻いてたくせに。仕掛けてこない訳?」
「こっちにも事情はあるのよ。状況なんてその時々で移り変わっていくものだしね」
少女の言葉を受けて、朱里は思考を巡らせる。
(事情、状況……。私を攻撃できない理由でも生まれたっていうの?)
だとしたらそれは何だ?
考えろ。
考えろ。
そこで、朱里は一つの違和感に思い至った。
(味がない?)
そうだ、彼女はずっとそう言っていた。久遠が言うには、副作用のようなものがでてる、と。つまり、どういう理屈であの何でも喰らう力が防げないのかはわからないが、少なくとも朱里の呪は効果を発揮しているのだ。
(そうだ。さっきから、あいつには妖力を感じない)
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