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母が浴衣を出してきたのは夕暮れの縁側で涼んでいた時だった。今時珍しい和風建築の実家は風がよく通って、夏でも過ごしやすい。
「由希子、これ」
「これって、何」
「浴衣」
「それは見ればわかるよ」
「二階のタンスで見つけたから、着ない?」
心なし声を弾ませる母に思わず苦笑してしまう。昨日帰ってきてからというもの、久々だからと母はあれこれ世話を焼いてくれる。一年のうち二日三日ではあっても、今までも帰ってきてはいたのに。
「ん、じゃあ着てみようかな」
わたしがそう言うと、母は一層嬉しそうに笑った。
「夕飯までまだあるから、散歩でもしてきたら?」
「えー、浴衣で?」
「いいじゃない、夏なんだし別に変じゃないわよ。それにこんな田舎じゃそもそも人とすれ違わないわ」
「いや、それはいくらなんでも……」
苦笑しつつも、それもいいかもしれないと思った。少し歩きたい気分だった。それを察していたかのように、玄関には下駄もきちんと用意されていた。
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