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やがて彼が顔を上げた。あまり見たことのない、真剣な表情だった。
「あのさユキ、オレ達もう一回付き合ってみない?」
「……」
「オレ昔、お前のことあんま大事にしてやれなかったし。今もう一回やり直したらうまくいく気がする」
いつしか必死の口調で彼は言った。わたしは黙って俯いていた。
ちりちりした痛みを含んだあの懐かしさが、また胸に去来していた。あの頃確かにあった幸福感に手を伸ばしたい気持ちが小さく膨らむ。
けれど私は首を振った。あくまで明るく、まるで冗談を切り返すように笑う。
「振られた者同士で傷の舐め合い? そもそもわたしすぐ戻らなきゃいけないんだから遠距離になっちゃうし。そういうのムリでしょ?」
「そんなことないって!」
食い下がる彼の目は頼りなげで、何かに縋ろうとしているようだった。
一瞬、抱き締めたいと思った。
でも、今それをしてはダメだ。わたしにとっても、彼にとっても。
「……情けない顔しないの」
「ユキ──」
「来年まで」
一歩遠ざかる。浴衣の袖を握ろうとした彼の手が空を掴む。
「……来年の夏祭りまでそう思い続けてられたら、いいよ」
じゃあね、とわたしは彼に背を向けた。顔は見られなかった。さようならは心の中で付け足した。
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