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「僕」はその翌日、最後のあいさつを交わすと、マリユス=オリジナルと別れ、旅立った。
おそらくはそれからあまり時を経ずして、「彼」の肉体は生命活動を停止しただろう。
僕を見送る彼は、あの日なたの部屋から窓の外へ向かって、ずっとやせ細った手を振っていた。
カバーをしたままのティーセットの横で、笑っていた。
ボートに乗り、湖を渡る。
岸に着き、すっかり出来の悪い畑を通り過ぎて、僕は歩いた。
あの日から、どれだけ時間が経ったことだろう。
まだ人間とは出会えていない。
本当に、僕と一緒に暮らせるような人間が、この世に残っているのだろうか。
その疑問は尽きない。
けれど、もしもそんな人がいるのなら。
一緒に暮らせなくてもいい。
それでも、僕の話を聞いてほしい。
「彼」のことを伝えたい。
長いような、短いようなこの話は、僕が彼と過ごした日々とよく似ているかもしれない。
彼が確かにこの世にいたことを、誰かに言い残しておきたいと思う。
死は悲しい。
それなのに、生きることは、時に死よりも残酷かもしれない。
それでも最後の時を僕と一緒に過ごし、毎日向かい合ってお茶を飲んで、笑って手を振って見送ってくれた彼のことを、誰かに覚えておいてもらいたい。
終
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