僕を殺したきみのため

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 その日も僕らは、日なたの部屋でお茶を淹れていた。 「この家にはないようですが、私の記憶では、蒸らす際にティーコゼーを使用していました」 「ティーコゼー? 何それ?」 「ティーポットにかぶせる綿入れです」 「名前が分からないものって、たくさんあるんだよな。この家には本もないし、知識の得ようがない。他の人間の記憶があるなら、色々聞きたいな」  カップに紅茶を注ぎながら、僕はそわそわした。 「この辺りには、ご主人様の他には人間はいないのですか?」 「いない。一年前、……ある日突然消えた。みんな、忽然と。両親も学校の先生も。それ以来、生きた人間には出会ってない」 「消えたと言いますと、消滅したのですか」 「分からないんだ。朝起きて、リビングへ行ったら誰もいなかった。家の外に出ても、誰も。近所には飼い犬や猫がいて、そいつらはみんないたのに、人間だけが消えていた。エネルギーもネットワークもダウンして、なすすべがなかった」 「死んでしまったのでしょうか」 「さてね。それで僕は、空き家暮らしで一ヶ月ほど放浪してから、この湖の家に住み着いたんだ周りが水で、人が訪ねてくるようなところじゃないのが気に入った」 「それが、どのような利点なのですか?」 「ドアのきしみや、踏み石の上で枯れ葉が鳴るたびに、飛び出して様子を見に行かなくていいのさ。誰かが来た、人間が生きていたってね」  僕らはカップを傾けた。  紅茶の抽出は、技術的に、最高点まで到達しているといえた。 「これ以上おいしくするのは、この設備では難しいと思われます」 「究極とは、悲しいものだな。これ以上がないなんて、袋小路と同じだ」 「人間は、悲しいことがたくさんあるのですね」 「かもね」 「悲しいから、最近は、そんなに健康状態が悪化しているのですか」  いきなりそう言われて、僕は激しく動揺した。そんなことまで察知できる機能があったとは。
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