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「…………すまない……どうかしていた……」
ふいに顔を伏せたディオンが、低く、謝罪の言葉を絞り出した。
と、同時に、ぬくもりと圧迫感が消え去る。
彼は身体能力を活かし、一瞬で、離れた木陰まで飛び退いたようだった。
………………いいの、かな?
もしかして……ディオン、原始的な本能に勝ったの? 理性で欲望を征した……?
それって、相当にすごいことだよ?
だってボク達は人間じゃない。道徳観念なんて持たない、モンスターだ。
格上の相手に粛清されずに済む程度の自制心と、虎視眈々と下剋上を狙う野心に溢れた人外だ。
人間の記憶を持つボクとは、みんな根本が違う。
レグルス侯爵家に忠誠を誓い、侯爵を頂点と戴くものの、その令息を廃する機会を逃すはずがない。
ボクが死ねば、ディオンが爵位に近づく可能性が僅かばかり上がるのだから。
食欲だけでなく、すべての本能が、ボクを吸い殺せと命じていたはずだ。なのに……。
「オレは……おまえを守ると誓った」
「あ…………」
「怪我はないか……?」
「……大丈夫」
そうか。
ディオンの理性を繋ぎ止めたものは、矜持と恐怖なんだ……。
彼が、侯爵の前で誓いを立てたこと。
ボクだって聞かされていた。
美しい息子を溺愛する父親が、珍しく、ディオンを私室に招き、護衛役に任命したと。
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