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 黒田は文庫本を片手に大鍋の前に立っていた。右手に木べらを握り、時どき思い出したようにかき混ぜる。  大鍋の中にはみじん切りにされた玉ねぎの大玉8個分がジュウ~という音をさせながら徐々にゴールにむけて色を変え始めていた。  完全に茶色くなるまでの1時間は絶対に必要不可欠な長さだ。コクと甘味の感じられないカレーなど、美味しくも何ともない。そうかといって、ただ何もせずに鍋のなかを見続けるのはさすがに苦痛だ。  カレーの仕込みは読書とともに始まる。黒田が選んだのはアンソロジーだ。途中でやめることのできない長さの本を選ぶとカレーに支障をきたす。複数の作家が書いた短編をいくつも読むことができるアンソロジーは時と場所を選ばない。移動の合間に読むにも都合がいいし、ぽっと空いた一日の谷間の瞬間にも手をのばす。もちろんカレーにも最適。
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