禍の花

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 そんな事実は、とうの昔に理解していた。  けれど、したくてもできない理由。  厳しい渓谷を渡ること。  か弱い女子供を連れ歩くこと。  凶暴な動物と争うこと。  理由なんてものは、いくつだって挙げることができる。  けれどそれ以上に、この地を離れることを良しとしない〝決まり〟があった。  父母、祖父母、そしてククロウの知らない遠い昔の祖先。その名も知らぬ祖先の骸がこの地の其処彼処に眠っている……。 「だから、此処で生きていくしかないんだ」  大人たちが呟く呪言。  それをまた他の大人たち同様に――自分に言い聞かせるように、溜め息混じりに呟きながら、ククロウは周囲に目を凝らす。広い雪原の中、無闇に歩けば遭難する。 「仕方ない……、少し、あそこで休もう」  雪が吹き荒ぶ中、視界の端に捉えた洞穴。斜めから嬲るように荒れる雪風に眉を顰めながら、ククロウは急ぎ足で洞穴に足を向けた。                  * * * 「確か、ここにあった筈……」  ククロウは肩に背負っていた荷物の中から、火を灯すための道具を取り出した。  キンと澄んだ音をたてて火打ち結晶を打ち鳴らし、小さなランタンに火を灯す。  すると周囲は橙色の空間に包まれた。  ゆらゆらと揺らめくランタンの炎に、安堵からか小さな吐息をもらす。 「すぐに帰るって言ってきたのに、参ったな」  寒さで震える手元をなんとか抑え込み、懐から四つ折りにしていた地図を取り出す。 「集落から出てきてもう二日。イェーリ、心配してるだろうな」  留守番を頼んでおいた幼い妹の顔が脳裏を過ぎる。  イェーリは内向的で、友達もあまり多いほうではない。家の中にいることが多いとはいえ、イェーリ一人だけを残しておくのはククロウとしても忍びないものだった。 ――なにか、イェーリの喜びそうな物でもお土産にできればいいんだけど……。 「こんな吹雪の中じゃあ見つけられないし――ん……?」  こんな人里離れた場所に、あるわけがない。嘆息しながら洞穴の奥へと目を向ける。 すると、どうやら洞穴の奥に微かだが明かりが見えた。
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