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村の仕来り
「……ぅだ、……か……」
声が、聴こえた。
深い水底から湧き上がるように、濁った音が鼓膜を震わす。
「――ど、……雪……」
幾度も反芻し、まるで鐘の音のように重い。
だがそれは少しずつ形を成し、呼び水のように現実へと引き上げていった。
「う……っん」
「おい、気がついたようだぞ!」
霞んだ視界の中にひょっこりと顔を出した禿頭の男は、低く太い声をあげた。
「ククロウ、聞こえてるか? 俺のことが判るか?」
「……。エヴァン、おじさん……」
「よーしよし。頭は正常みたいだな。まったく、心配かけさせやがって」
雪焼けした浅黒い肌に深い皺が刻まれた男は、人の良さそうな笑みを浮かべると、まだ覚醒していない頭をガジガジと撫でてきた。
「ったく、村の外れで倒れていたのを見つけた時にゃ心臓が止まるかと思ったぞ」
「村の、外れ……?」
エヴァンの言葉に、ククロウは思わず聞き返した。
「おうよ。妹にきちんとしたモン食わせたいからって意気込むのはわからんでもねェが、おまえが倒れちまったら元も子もないだろうが」
「そう、だね……」
ーー村の外れで……。何か、忘れているような。
そんな疑問をよそに、エヴァンは大きな声で言葉を続ける。
「見つけて家に運ぶまでが大変だったぜ。まったく目を覚まさねぇし、家に運んでみたもののまる1日眠り続けてーー」
「ククにい……!」
その時、エヴァンの太い声とは違う、小さな鈴のような声が耳に突き刺さった。
声がしたほうに顔を向けると、大きな瞳に涙を溜めしゃくりあげるイェーリの姿があった。
「イェーリ……」
「ククにい……、よかっ、た……」
駆け寄るや否や、ギュッと首筋に抱き付いてきたイェーリの頭を、ククロウは優しく撫でる。
「ククにい、遅い……。すぐ、戻ってくるって、いったのに……」
嘘つき、と涙で濡れた声で叱責するイェーリ。
「ごめん」
「謝っても……、だめ……許さない」
そんなイェーリをなだめながら、ククロウはそっと白い頬に触れた。
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