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ここまで忘れられない思い出を思い出して、現在、死にたくなる気持ちに襲われている。忘れていたわけではないはずだが無意識のうちに記憶を封印していたらしい。
目の前にあの時の事案の被害者が俺を見ている。その目は何を訴えているのか俺にはわからない。詳細まで思い出して冷たい汗が背中にぶわりと湧いてくる。
丁寧になにがあったか思い出すと思った以上に酷い。当時の俺はなんであんなに焦っていて物事をすっ飛ばしてしまったのか。
「その…その節は、大変申し訳なく…」
さっきまで見ていた顔が見れない。クリスは憎々し気に呟く。
「あれは本当に最悪だった」
それはそうだろう、友人だと思っていた奴に押し倒されたなんて人にも相談できない。
「…本当にごめん」
「お前、自分より図体のでかい奴にのしかかられる怖さわかってるのか?」
「ごめん…なさい」
あの時、味わった蹴りの痛みは一生忘れない。そしてその後高校卒業するまで一言も話せなかった辛さも一生忘れない。だが、俺が忘れずにいたのは自分の感じた辛さばかりで、クリスのことは後回しになっていたことに気づく。
今、それを弾劾されるのであれば俺は黙って聞いているしかない。
「それで…お前にとっては勢いでやったことかもしれないが、俺は…」
「ちょっと待った」
早くも聞き逃せない一言が有り、俺はクリスの言葉を遮る。
「ずっと勢いで押し倒されたと思ってたのか?」
「違うのか?」
クリスが怪訝そうに俺を見つめ返す。そんな照れの一つも無く俺の目を見ないでくれ。俺は目を見て言うのが恥ずかしい。
「違う。昔から好きだったから押し倒した」
クリスの目がぐっと丸くなった。恥をかけるのはこれっきりだと思えば余計な思考回路は削ぎ落とされ、素直に言葉は出てきた。
「今も、好きだ」
「………お前にとって、俺はどう見えるんだ?」
絶句していたクリスが絞り出すような声で俺に尋ねてくる。
「中身も見た目も綺麗な人」
「女に見えるのか?」
「女には見えないけど」
クリスはその返事を聞いてどう思ったのか知らないが一つ大きなため息を吐いて、俺に告げる。
「結婚することになった。だから応えられない」
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